今回は前回の続きのお話です。
熱拡散という方法でシリコンウェハーに不純物を拡散させる方法は古典的な方法です。最近ではこれから紹介するイオン注入という方法が主力になっています。
イオン注入とは?
イオン注入の話をする前にイオン化について簡単に紹介します
イオン化とは?
イオン注入とは、文字通り物質をイオン化して注入することです。
イオンとは+もしくは-の電荷を帯びた状態の原子や分子のことです。つまり電気的に+か-に帯電している状態のものをいいます。逆に電気的に中性とは+にも-にもなっていないということです。
例えばいつも料理に使う塩ですが、固体の状態で存在し、この状態であればイオン化していません。化学式で書くとNaclになります。
しかし、塩を水に溶かすと、食塩水になります。もともと固体で白かった食塩は水に溶けて見えなくなります。でもなくなったわけではありません、
食塩水には先ほどのNaclではなく、Na+とCl-とに分かれた状態で存在しています。このようにもともと電気的に中性だったものが電荷を帯びる状態のことをイオン化といいます。
イオン注入されると?
なんらかの形でイオンを注入された物体はその物性が変化します。ですから、半導体のほかにも金属、セラミクス、光学材料などの改質(性質の改善)に用いられます。例えば、ドリルの刃やプラスチックカッタなどの寿命を延ばすためにも使用されます。
半導体の場合、目的は不純物の注入です。しかし、先ほども説明したとおり、シリコンウェハーは固い物質なのでイオン化された不純物を注入、といっても具体的にはどうゆうことなのか、理解しにくいと思います。
イオン注入のイメージ
イオン注入とは極端なことをいうと硬い壁に向かってボールを打ち込んでそれが壁の中にめり込んでいく、と考えてください。
イオン化した不純物を加速してウェハーにぶつけて注入する、ということになります。シリコンウェハーはシリコン原子が強く結合しているので、強い力で打ち込まなければ、不純物を入れられません。
この時に打ち込む力のことを注入エネルギーとか、打ち込みエネルギーといいます。単位はKev、キロエレクトロンボルトです。そして壁に埋め込まれたボールの数をドーズ量と言います。単位はIons/㎠です。単位面積あたりのイオンの数ですね。
ちなみにドーズとは英語でDOSE、放射線の照射量や薬の副薬量もドーズで表します。
エレクトロンボルト、とボルト(Ⅴ)の単位がついているから、電位差とか電圧の単位かな、と思われがちですが、上述のとおりエネルギーの単位です。
少し話がそれますが、電圧とか電位差も一種のエネルギーの単位としてみなせます。例えば、高い位置にものがあるとそれだけで位置エネルギーがあるとみなされます。電位差もまた同じように考えればエネルギーの単位と言えるかもしれません。
エレクトロンボルトの定義は真空中で電位差が1Ⅴの電極間で加速されるときに一個の電子が得るエネルギーです。つまり先ほどの位置エネルギーの話で考えると1Ⅴの高さにある電子が転がりおちてしまう、その時に加速されるためのエネルギーということになります。
しかし、ややこしいのでここではエレクトロンボルトの値が高ければ、それだけ打ち込むためのエネルギーが大きい、と考えてください。
その他に、めり込む深さは注入深さ、単位はμM、ミクロンです。ボールの数(打ち込む数)は電流であらわされμA、マイクロアンペアです。
イオン化した不純物を打ち込まれたシリコンウェハーのイメージはこんな感じです。
イオン注入装置
それでは、それを実現させるためには、どのような装置が必要でしょうか。以下に代表例を示します。
イオン注入装置の概略の動きは以下のようになります。
イオン源→分析器(必要なものを取り出す)→加速管(イオンを加速させる)→Qレンズ(イオンビームを収束する)→走査→ターゲットの順です。
以下に図に記載されているものの簡単な説明をしておきます。
イオン源・・真空中にある原子に対して電気エネルギーを利用してプラズマを作ります。電子と原子を衝突させて原子の電子を分離させ、イオン化させます。
イオン引き出し電極・・イオン化されたプラズマには電子、正イオン、中性子などが混在しているため、イオンビームを生成するためには、ガス状態で閉じ込められている正イオンのみを取り出すために使用します。
引き出し電極にはイオン化された正イオンよりも低い電圧がかけられているため、正の電荷をもつイオンは電位の低い方向に加速されていきます。
イオン源部真空ポンプ・・イオン源部を真空にするためのポンプ
質量分析機・・イオン源でイオン化されたものを質量を測定することで決まったイオンのみを通過させます。
分析スリット・・質量分析の精度向上させるためのものです。
加速管・・+と-の電気を使って電気を帯びた粒子(電荷)を加速させます。
Qレンズ・・広がったイオンビームを磁界によって絞るためのレンズ
ビームライン真空ポンプ・・ビームラインを真空に保つためのポンプ
XY走査電極・・目的はイオンを注入するウェハーにまんべんなく照射するため、走査することです。走査とは、映像や画像を分解して電気信号に変換することをいいます。
イオン注入のメリット・デメリット
熱拡散法では、ウェハーの横方向への広がりを制御できず、深さ方向へ添加優先することが難しいという難点もあります。かつては精密な温度制御によってこれを解決していたのですが、高精度化のためこの方法では望んだ結果が得られなくなりました。
その点、イオン注入であれば打ち込む力を強くすることで深さ方向への制御もできるうえ、質量分析を行っているので選択されたイオン(不純物)のみを注入できるので、複数のドーパントを制御できる、という利点もあります。
また低温や室温での注入が可能というポイントもあります。
ここしばらくはイオン注入が不純物拡散の中心でした。
ただし、イオン注入にも弱点はあります。高速でイオンを注入されるため、ウェハーのSIの結晶構造が崩れてしまいます。さらにいうと、イオン注入装置の構造は上図にしめしたとおり複雑です。ですから、初期投資はかなりの高額になります。
金銭的な問題はともかく、SIの結晶構造が壊れてしまうのは品質に影響を与えます。この解決方法に再び熱処理が力を発揮します。最近ではイオン注入→熱拡散の順で処理を行うことが増えています。
まとめ
技術革新が起きたとき、ほとんどの場合、古い技術が忘れ去られてしまいます。例えばデジタルの技術が発展してきたとき、アナログは「もう古い」と言われたときがありました。しかし、今少しずつアナログがみとめられつつある分野もあります。
拡散という半導体の技術も熱拡散が主流だった時代からイオン注入という全く違う形に進化後、その弱点を補うために熱拡散といういわば使い古された手法を使って弱点を克服しました。
人もまた同じような気がします。年老いてくるとどうしても新しいことを理解したり、早く動くことができなくなってきます。しかし、世の中は年輩の人たちには冷たいことが多いような気がします。
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