今回は、ちょっと趣向を変えて半導体製造にかかわる危険を紹介していきたいと思います。人を幸せにするはずの半導体を作るには、意外と多くの危険が潜んでいます。
目次
半導体製造につきまとう危険とは
半導体が世に出現してから、すでに半世紀以上たちます。その間多くの研究者が研鑽を重ねて今の技術が出来上がったといえます。ただ、半導体を製作するためには、危険なものを使ってきたのもまた事実なのです。
そもそも半導体の誕生に関しては、戦争が大きな役割を果たしてきたことは以前に紹介しました。製造にはガスや薬液を使いますが、危険なものが多いのです。
1.ガス
一般ガス
水素
半導体製造には水素を使用する工程があります。水素は可燃性ガスで、空気中で燃えるガスのことをいいます。少量であれば危険はありません。空気にもわずかですが含まれています。
気体中の濃度を体積基準で表した場合、水素は極端に多ければ爆発しません。ですが中途半端な量が気体中に含まれていると爆発してしまいます。ですから半導体を製造する際には装置の内部の水素の濃度をあげてほぼ水素の状態にして使用します。
半導体製造には、石英ガラスというものを使うことが多いのですが、万一水素が漏れて爆発なんてことになると、石英ガラスは粉々に砕けてもし近くに人がいたら大けがをすること間違いなし、です。
私は水素漏洩による爆発の現場を何度が見たことがありますが、元の形が想像できないほどの破壊力です。近くに人がいなくて、ホッと胸をなでおろしました。
参考までに水素の安全データシートのページをはっておきますのでよろしければ見て下さい。
注:製品安全データシートは、SDSともいいます。これは。Safety Data Sheetの略です。化学物質の製造者が交付する文書で危険有害性情報が記載されています。
窒素
空気中に多く含まれる窒素ですが、その名のとおり窒素しかないと人間は生きていけません。窒素の「窒」は窒息の窒です。つまり窒息するガスです。窒素の用途は主に先に挙げた水素の状態になっている装置容器の内部を安全な状態、つまり爆発しないように置換(置き換える)ために使用します。
半導体の多くはクリーンルームで製造されています。クリーンルームとは、温湿度がコントロールされ、入室の際にはきれいな空気を体に当ててゴミを落とすためエアーシャワーと呼ばれる場所を通ります。
クリーンルームの換気は一定の量を外の空気から取り入れながら一部は循環しています。そしてクルーンルーム内は水素や窒素が充満した配管がいたるところにあります。
水素の場合は漏れがあったら、水素検知器が働きますが、窒素の場合は検知器がありませんので、空気の循環がない場合に漏れてると酸欠を起こす危険性があります。比較的安全ですが侮れないのです。
酸素
以前酸化膜というものを紹介しました。この酸化膜を作るのに酸素を使用します。
酸素は空気の中に含まれていて、人間には欠かせないものです。空気中の約21%が酸素です。酸化膜を作る際にはこの濃度をあげます。基本的に酸素の濃度が100%であっても人体には短い時間であれば問題はありません。
しかし、大気圧が低い高地にいけば苦しくなり、深海のような高圧な場所では適正酸素濃度(21%)でも危険が生じます。半導体の製造工程ではそのようなことはありませんが、酸素を使用する作業には周りの環境が重要になります。
エッチングガス
塩化水素
塩化水素は、エッチングに使われます。エッチングとは簡単にいうと削ることです。主に、汚れてしまった製造炉の中をドライの環境でエッチングします。塩化水素は、水分に触れると塩酸になります。
水分に触れると前述したとおりに塩酸になりますので、金属を強烈な勢いで腐食させてしまいます。その腐食する力は想像を絶するものがあります。塩化水素が漏れてしまったあとの現場を見たことがありますが、ステンレスの配管が錆び、おそらく樹脂を含んだ金属製の取っ手が高熱であぶられたような状態で下に垂れ下がっていました。腐食というか、もう溶かしているように見えました。
人体への影響として、もし、誤って吸引した場合はのどに強烈な痛みが発生します。
大量に吸引すると、中毒で亡くなることもあります。塩化水素の安全データシートもリンクをはっておきます。
四フッ化メタン
化学式はCF4です。高圧ガスで、特定臓器毒性があります。とはいっても、毒性は低いといわれています。万一、大量に漏れた場合は眠気やめまいといった症状があらわれることがあるようです。同時に酸欠の可能性もあります。
可燃性や支燃性といった火災につながる特性はありません。無色透明かつ無臭なので漏れた場合、気づきにくいです。
三フッ化メタン
化学式はCHF3です。こちらのガスも通常の使用に関しては、特に危険はありませんが、大量に吸引してしまうと全身麻酔のような症状がでるようです。また、大量に漏洩した場合は酸欠の危険はあります。
不燃性なので、着火することはありません。
シリコン系ガス
シラン系ガスとはシリコンを含んだガスです。シリコンは半導体に欠かせない物質です。特にモノシラン(SiH4)と呼ばれるガスは爆発的燃焼を起こします。
モノシランは、無色で不快臭がするらしいです。ですが、私は嗅いだことはありません。なんといっても空気に触れたとたんに発火してしまいます。モノシランは発火しやすく,1991年には大阪大学で死亡事故もおきています。
その他にもトリクロロシラン、ジクロロシランと呼ばれるガスもあります。モノシランとの違いはガスの組成にCL(塩素)が入っていることです。ちなみに「トリ」はギリシャ語で「3」を表す接頭語です。同じように「モノ」は「1」を表し「ジ」は「2」を表します。
「クロロ」は先ほども紹介しましたが「CL」のことです。つまり、トリクロロルシランには「CL」が3つ、ジクロロシランには「CL」が2つ入っているということになります。わかりやすいですね。
トリクロロシランは、魚の腐ったようなにおいです。ジクロルシランはいわゆる刺激臭で、かなり鼻にツンときます。
その他にも四フッ化ケイ素(SIF4)、ジシラン(SI2H6)があります。
ドーパントガス
ドーパントとは英語では「Dopant」です。ドープ(Dope)の意味は、(人に)麻薬を飲ませるとか、(競走馬に)興奮剤を飲ませる、とかいう意味があります。これの現在分子形がDopingです。薬物を与えること、ということになります。
スポーツで「ドーピング検査」というのを聞いたことがあると思います。これのことです。
で、-antと接尾語がついたのがDopantです。このantは人を表します。例えばServantという単語があります。意味は「使用人」ですが、ServつまりServe、仕えるという語にantがついているので「仕える人」、つまり使用人ということです。
言葉の説明が長くなりましたが、すなわちDopantとは、「薬物を与える人」のようなイメージです。半導体の場合は添加物を入れることをいいます。この添加物の種類で以前した紹介した「N」型、「P」型が決まります。
1.N型のガス
半導体をN型にするためのガスで代表的なものは以下の2つのガスです。
ホスフィン
化学式はPH3で、リンと水素でできていてリン化水素とも呼ばれます。常温で自然発火し、許容濃度は0.3PPMです。爆発濃度範囲は1.6~98.0VOL%(体積比です)ととても危険です。
このガスはニンニク臭がします。私は幸いにもこのガスを直接吸引したことはありませんが、吸ってしまった人の話をきいたことがあります。臭い、と思った次の瞬間には倒れていたとか。その時は命に別状はないとのことでしたので一安心しました。
アルシン
化学式はASH3で、最初のASはヒ素のことです。ヒ素はご存知のとおり毒です。ヒ素中毒になると、多臓器不全を起こします。アルシンは水素とヒ素の化合物です。
臭いはニンニクとか、腐った魚の臭いです。アルシンには発がん性もあります。人間での致死率のデータはないようですが、ラットの実験によると250PPMで30分以内で死亡に至ります。
アルシンもホスフィンと同様に水素の化合物のため、大変引火性が高いです。
2.P型のガス
半導体をP型にします。代表的なのものはジボランです。
ジボランの化学式はB2H6で、ホウ素の水素化物です。ホウ素といえば、思いつくのがホウ酸ではないでしょうか。ホウ酸は化学式がH3BO3で、目の洗浄などに使われます。ゴキブリ退治にホウ酸団子というのもあります。
ゴキブリやシロアリには効きますが人にはよほどの量を摂取しないかぎり、影響はありません。ではホウ素と水素が一緒になったジボランはどうでしょう。
誤って吸っていまうと咳やめまい、呼吸が来苦しいなどの症状がでます。最悪の場合命の危険があります。やはり危ないガスなのです。
2.薬液
フッ化水素(フッ酸)
フッ化水素とは化学式でHFで、フッ化はフッ素です。よく歯を丈夫にするというフッ素ですね。それと水素の化合物がフッ化水素です。
1999年に、日本と韓国の間のいわゆる「ホワイト国」問題で日本が輸出する際にそれまでの優遇措置を外して日韓間で取りざたされたとき、その品目に上がっていたので一般にも知られるようになりました。日本のメーカーが作るフッ化水素は不純物レベルがとても低く、簡単には真似できず、韓国の産業全体を支えていたのが半導体だったので、少し慌てたようです。
フッ化水素(HF)が半導体製造にどのように使われるのか、といいますと具体的な使用例としては、
- シリコンウェハーの洗浄(ウェットエッチング、酸化膜除去)
- フラットパネルディスプレイの製造工程
- 水晶振動子の製造工程(ウェットエッチング)
などが主な用途です。エッチングとは、簡単にいうと削ることです。
製造方法としては蛍石というものに濃硫酸を加えて作ります。この出来上がったフッ化水素はとても猛毒です。
致死量としては、スプーン1杯らしいですが、飲んだ人がいるとは聞いたことはさすがにないですね。
誤って触れてしまうとフッ化水素が皮膚を透過し、骨を直接溶かすことが知られています。この痛みは当然のことながらしばらく続き、夜も寝れないほどの痛みだそうです。
また、揮発する気体にも注意が必要で、吸入してしまうと呼吸器に障害が出る事もあります。
私自身、過去に誤って触ってしまったことがあります。その時は慌てて水で接触した部分を洗いました。簡単に流すだけでなく、30分くらい流水で洗いました。そのあと、グルコン酸カルシウムを塗りました。(グルコン酸カルシウムが有効かどうかについては諸説あるようです。)
触ってしまった量はさほど多くなく、かつ多少希釈されていたものだったのですが、表面が赤くなっていました。フッ化水素の痛みはいつもすぐに出てくるわけではないので夜寝るときは戦々恐々でしたが、寝れなくなるほどの痛みはありませんでした。完治するには1週間ほどかかりました。
さらにフッ化水素は、一部の半導体生成過程でどうしてもできてしまう生成物(副生成物といいます)シロキサンと爆発的な反応をします。フッ化水素は液体なので、はじけてしまいとても危険です。まるで天ぷらをあげているようにパチパチと音をたてて火花がちり、酸性臭が漂います。(シロキサンとは、Si‐O-Siの化合物を含む総称、ここでいうシロキサンには、Clが含まれています)参考までにフッ化水素の安全データシートのページをはっておきますのでよろしければ見て下さい。
塩酸
先ほど塩化水素のところで少しでてきた塩酸です。強烈な酸化力があります。化学式は塩化水素と同じHCLです。一般にはHCLが液体であれば塩酸、気体であれば塩化水素ということになります。
最も代表的な酸といわれており、酸のなかではあつかいやすいともいわれています。半導体製造に使用されるほか、農薬や、トイレ用洗剤、変わったところではヘロインやコカインの製造にも使われています。
ご存知の方も多いでしょうが、胃液の胃酸もまた塩酸です。しかし、劇物指定されていますので取り扱いには十分な注意が必要です。
塩酸の製品安全データシートを添付しておきます。
硫酸
半導体製造で、過酸化水素水と混合して使われます。目的は金属不純物や、有機物を取り除くためです。
ここでいう金属不純物とは、目に見える金属を除去するというよりも、目にはほとんど見えないものを指します。金属はご存知のとおり電気を通しますで、半導体についてしまったままでは、期待通りの動作はしなくなるので、早い段階で取り除きます。
有機物とは、一般的に炭素を含む化合物で、COとCO2を除く炭素、酸素からできているもののことです。半導体製造において除去する必要のある有機物はレジストです。
レジストというと、写真に詳しい人なら聞いたことがあると思います。半導体も電気を通すパターンを焼き付けるとき、写真と同じような技術を使いますので、レジストを使用します。このレジストを除去するために使用されます。
硫酸といえば、芸能人がかけられて大変な事件になったこともあるので、劇薬ということは知っている方もい多いでしょう。
硫酸が揮発した場合、その蒸気を吸うだけで肺にダメージを与えます。濃硫酸の場合、皮膚についてしまうと脱水作用を起こすので、皮膚から水分を奪いとり、溶けたような状態になります。
硝酸
フッ酸と同じように半導体の洗浄するために使われます。フッ酸と合わせて使用されることもあります。例えば、酸化膜(例えばSIO2、シリコン酸化膜)などはフッ酸が有効ですが、他の金属を除去するためには硝酸の方が有利な場合があります。
私自身の硝酸に対する最初の印象はその臭いでした。塩酸もきついですが、個人的には硝酸の方が、胸が詰まるような臭気を感じました。しばらくは喉が何となく痛い状態が続きました。
一度、保護具に穴が開いていて、硝酸に触れたことがあります。ほとんど触れた感覚がなかったのですが、身に覚えがないのに指先が濡れていたのです。すぐに気づいて処置をしたので、大事には至りませんでしたが、その夜は指先がじんじんしてよく寝れませんでした。
また、経験はありませんが、温めると酸素を発生し、危険な状態になることもあるようです。
硝酸の製品安全データシートを添付しておきます。
塩化ホスホリル
化学式はPOCL3で、別名オキシ塩酸リンともいいます。不純物をシリコンウェハーに拡散する工程で使われます。
刺激臭のある、透明もしくは黄色発煙性の液体です。空気中の湿度が高い場合、塩化水素ガスを発生させます。水中にいれてしまうと、塩酸が生成されます。皮膚に触れた場合、皮膚を激しく刺激して炎症を起こします。
吸い込んでしまった場合、鼻やのどを刺激し、炎症を起こす可能性があります。
2018年、半導体工場での死亡事故の例があります。
バッファドフッ酸(BHF)
化学式は先程紹介したフッ酸とにたような特性がありますが、バッファ、つまり衝撃を和らげるフッ酸ということで、フッ酸よりも危険性は少ないと考えられます。
しかし、フッ酸にはかわりないので金属を腐食させたり、人体にはかなりの悪影響を及ぼします。
厳密にいうと少し違いますが、「酸性フッ化アンモニウム」という名前で粉体の状態でも存在します。こちらは水に溶かして、やはり液体として使用します。
アンモニア
人や動物の尿内で作られるので、名称を知っている方も多いと思います。体から排出されるので無害のように思われますが、基本的に人体には有害です。
余談にはなりますが、排出したての尿はあまりアンモニア臭はしません。もし、アンモニア臭が最初からするようであれば病気の可能性があるので要注意です。通常排出したての尿は腎臓でろ過されてますので綺麗ですが、空気中に放置すると菌が増殖して有害になります。
オゾン
ガスとして使用することもあります(オゾンパッシベーションといって人工的に酸化膜をより厚くする工程があります)し、オゾン水として使用することもあります。
ガスとしてのオゾンは低濃度であれば問題ありませんが、濃度があがると目や鼻、喉を刺激します。また、超高濃度(50PPM以上)になると生命の危険があるといわれています。
オゾンを水に溶かしたオゾン水は、殺菌作用があり、ウイルスの不活性化にも効力があることがわかっています。
まとめ
この他にも私の知らない毒は半導体製造にかかわっていると考えられます。半導体は人間の暮らしを豊かにするために生まれてきたのですが、作るためにはこんなにも危ないものを使っているのです。
スマホやパソコン、ゲームなど半導体は人類の暮らしを豊かにしてきたはずです。なのにこれだけ多くの毒を使っていたのです。今の人類の向かっている方向が間違っていないことを強く祈ります。
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[…] SIHCL3は、TCSというものと同じです。(トリクロロシラン)TCSについては以前紹介しています。危険な物質です。(参照:半導体製造には危険がいっぱい) […]
[…] それは今でも変わっていません。水素を使うということは、危険が伴う、ということです。(参照:半導体製造には危険がいっぱい)エピタキシャル成長を行うためには、安全対策が重要になります。 […]
[…] ベル研究所では、四塩化ケイ素(参照:半導体製造には危険がいっぱい)ガスを使用して水素還元法を使用して行われました。この時に作成したのがメサ型と言われるトランジスタでした。化学反応式は以下のようになります。 […]
[…] 各薬液についての詳細はこちらのサイトをご覧ください。(参照:半導体製造には危険がいっぱい) […]